[読書]佐藤優「読書の技法」

日本人は読書が好きである。ということになっている。少なくとも活字好きである。本なんか読まない、という人も、スマホで芸能ニュースを追い、まとめサイトを眺めて嫌いな有名人のあら捜しをして溜飲を下げているものである。英語のような国際的な言語はさておき、これほど大量の文書が日々印刷され配信され読まれているというのはほかにちょっとないのではないか。

などと日本スゲーをやりたいわけではない。

知の世界は誰にでも開かれている、などという啓蒙主義っぽい言い方は誰が言ったのかわからないぐらい手垢がつきまくっているが、何の取り柄も家柄も肩書も財産も地位もないという人間でも、読書をして知識を身に付けさえすれば、多少はマシな人間になり、さらには自分はそこらの凡愚とはちょいと違うのだぜ、というささやかな自尊心を護持できる、というお手軽な自己啓発まがいの下心も、人々を読書に向かわせる要因なのではないか。

まあほかならぬわたしがそうである。

となると一冊でも多く読んでドヤ顔したいわけで、メディアに登場するジャーナリストや評論家と言った肩書の皆さんは月の本代が100万だとか、毎月300冊読破するとか豪語していて少々胡散臭かったりするのだが、一冊に数日はかかる身の上としては多少なりともあやかりたい。

で、「外務省のラスプーチン」だとか「知の怪人」だとか胡散臭さ全開の肩書を複数持っている元外交官で作家の佐藤優の「読書の技法」である。

kindleで購入し、ノートPCやスマホで読んだのだが、電書はあまり相性がよろしくない。見たいページにいくのに目次機能が便利な気もするが、紙の本でも不自由はないしなあ。kindle paperwhiteのような専用端末ならまた違うのかもしれないが、ちょっと試してみるか、というお値段ではない。

本書では、月平均300冊、多い月は500冊以上、という膨大な読書量を誇る御仁のその読書の秘訣が惜しみなく明かされている。

「日本は現在、危機に直面している。
(略)
最近の教養ブームの背景には、「知力を強化しなくては生き残っていけないのではないか」という日本人の集合的無意識が反映していると筆者は見ている。確かに「知は力」であり「力は知」である。知力をつけるために、不可欠なのが読書だ。
筆者の読書術について、全力を投球して書いたのが本書である。」

と高らかに宣言する。

その読書術だが、この手の読書術・速読術系のビジネス書に無駄金を払ってきた身の上としては特別目新しいことが書いてあるわけではない。
パラパラとめくってそれだけで内容がすべて頭に入ってしまう、などという超能力のような速読法に若い頃憧れたことがあるのだが、まあ、あれは何らかのトリックか、サヴァン症のような類の障害だろうと考えている。
現実的な速読法の要諦は、逆説的だが、いかに読まないか、ということでもある。

① 表紙やまえがきあとがきを読み、パラパラと眺め、読むべきかどうかを判定する。無駄だと思えば読まない。
② 読むべきだと判断しても、頭から最後まで読むようなことはせず、何を調べるのか、何を知りたいのか目的を明確にし、その目的にかなった部分以外は読まない。どこが読むべき場所か、というのは目次であったり、小見出しであったり、パラパラで得られた感触によって判断される。まあ、適当なものである。
③ その上で必要なもの、使える部分のみを精読し、場合によってはノートに転記し、その知識を活用する。

お眼鏡にかない精読対象として生き残る本は、佐藤の場合、月に4,5冊、まあ週におよそ1冊、結局、一般的な感覚で本を読んだと言えるのは年に50冊ほどである。人間の一般的な能力としてそのぐらいの読書量を確保できたら御の字だろう。

この読む読まないの判断の大前提として、正確な基礎知識が身についていることが必要で、そのために、佐藤は高校教科書・参考書を活用した基礎学習を勧める。
佐藤と共著もあるジャーナリストの池上彰も、たくさん読むうちに知識が増えていって新しい本で読まなければならない部分はどんどん減っていく、というようなこと言っていた。まあ、やっていることはみんな一緒なのである。

それにしても佐藤や速読自慢知識人がよく言う月300冊というのの大半は、めくっただけでくっだらねーと捨てられた本であるはずで、それを含めてこんなに読破したぞ、と喧伝するのは詐欺的じゃないだろうか。

また、この手の速読法は、結局、自分の思い込みで目の前の情報を仕分けていくわけで、その思い込み自体を相対化、検証する契機がなければただ独断と偏見を枝葉末節でひたすら偏執的に補強していく独善の袋小路に陥る懸念もある。さらに、誤読、見落としの可能性も高まる。

とはいえ、佐藤が本書で書くように、人間の時間は有限である。どの程度で割り切るか、という問題だ。

本書で一番読まれるべきは、売れっ子作家として活躍し、広く指示される知識人が、あれこれ読む前にまずはこれで基礎を押さえよと提起する書籍が、高校教科書・参考書である点だと思う。それは、完全に忘却の彼方とは言え、一応一度は通過している高校レベルの教材が、社会人にとっても、知の基軸にしてブースターでもあるということだ。意外と言えば意外だし、何だそんなこと、という感もあり、同時に心強くないだろうか。
あとまあ、なんといっても教科書は安い。一般書なら1000円2000円しそうなところが数百円だし。ラスプーチンに騙されたと思って歴史と政経ぐらいはおさらいしてみようか。

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